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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)56号 判決

事実及び理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、第一引用例の一部の記載事項の認定及び本件考案と第一引用例との一致点の認定を誤り、かつ、両者間に本件審決認定の相違点<1>ないし<3>以外にも相違点があるのにこれを看過した結果、本件考案と第一引用例ないし第三引用例の記載事項との対比判断を誤り、ひいて、本件考案は、第一引用例ないし第三引用例の記載事項から当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、すべて理由がないものというべきである。すなわち、

前記当事者間に争いのない本件考案の要旨及び成立に争いのない甲第三号証(本件考案の実用新案公報)を総合すれば、本件考案は、ドアのノブ及び自動車のチエンジレバーに設けられているノブを覆うノブ飾りに関する考案で、ノブを覆うことにより、ノブの快い握り感や装飾効果が得られるとともに、ノブが壁や家具等に接触した場合に損傷が生じないようにしたノブ飾りを得ることを目的とし、本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲の記載と同じ。)記載のとおりの構成を採用したものであつて、本件考案の実用新案登録請求の範囲記載のウレタンホームは、断熱作用を果たすとともに快い握り感を与え、かつ、緩衝物として機能するほか、ノブと布との間に摩擦抵抗を与え、ドアノブを容易に回動させるという機能、すなわち、滑止材としての機能をも奏しているものであることが認められる。一方、成立に争いのない甲第二号証の一(第一引用例)によれば、第一引用例は、昭和四二年一一月二七日特許庁資料館受入れ(この点は、原告の明らかに争わないところである。)に係る、名称を「ドアノブカバー」とする発明の米国特許第三、三四三、五七八号明細書であつて、そこに、本件審決の認定のように、十文字形の布とこの布の裏全面に施された柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材とを有し、コーテイング材が設けられている布の面を内側としてノブを包むようにしたノブ飾りが記載されていることは原告の自認するところ、右甲第二号証の一によれば、第一引用例の特許請求の範囲には、「ドアノブカバーは、矩形中央部分とこの中央部分の各辺に固着された同一寸法の四つの矩形側部分を有するギリシヤ国旗の十文字のような単一の布素材を含む。この側方部分の隣接する縁は、相互に縫合され、上記素材を上部開口の箱体とする。上部開口を規制する前記側方部分の自由縁は、ひだ付けされ、これら自由縁を丸い上部開口に形成する。この丸く形成された側方部分の自由縁には、その周囲に沿い弾性材が固着されている。」旨の記載があり、その説明文中には、右発明の目的について、「本件発明の主目的は、新規なドアノブカバー及びその製造方法を提供することにある。殊に、本件発明の目的は、柔軟材からなる平坦な素材から、通常の多角状で見ばえが良く、ドアノブにこのカバーを配置し、ドアノブの軸を囲み、この軸上にこのカバーを維持させるための弾性付与手段を有するようなドアノブカバーを提供することにあり」(同号証第一欄第一〇行ないし第一九行)、「更にその他の目的は、立方体の内面には、このノブカバーとドアノブとの間でのノブカバーの摩擦力を増加させるためのコーテイング層が設けられ、ドアノブを把持し、回動しドアを開く時に、ドアノブ上でノブカバーがスリツプしないようにしたノブカバーを提供することである。」(同号証第一欄第三四行ないし第四〇行)、「他の目的は、ノブカバー製造前に布に剛性を付与し、製造工程時にノブカバー素材を取り扱いやすいように布の内面にコーテイング層が付与されているドアノブカバーを提供することにある。」(同号証第一欄第四一行ないし第四五行)等の記載が、また、実施例の説明中には、弾性付与手段に関連して、「このノブカバー10の上面開口部の周縁には、弾性付与手段(例えば、弾性テープ)22が取り付けられ、ドアノブをこの開口部を通して、このカバー10の中空中央部に収容し、ドアノブの軸又はシヤンク周囲をこの弾性付与手段22で緊縛し、ドアノブ上にノブカバーをしつかりと保持し得るようにしてある。この状態は第6図に良く示されている。」(同号証第二欄第三六行ないし第四二行)との記載があり、また、右構造のノブカバーの製造工程に関連して、「好適には、ドアノブカバー10が、織物又は布から製造される時に、この織物又は布の内面に、適当な柔軟プラスチツクのような材料をコーテイングする。……このように、ドアノブカバー10の素材である布内面にコーテイング材を塗布することで、布に剛性が付与され、製造時に布が取り扱いやすくなる。更に、このコーテイングにより、布の摩擦係数を高めることができる。その結果、完成されたドアノブカバーにおけるこのようなコーテイング材により、ドアノブカバーとドアノブ間の摩擦係数が増加し、両者間でのスリツプを低減できる。」(同号証第二欄第五七行ないし第七一行)、「適当な切断処理により、前記コーテイング材を塗布された柔軟材料(例えば、布)からなる多角形素材40(第2図参照)が形成される」(同号証第三欄第一行ないし第五行)との記載があり、第2図として、ドアノブカバーの製造に用いる正方形の布を切断して十文字形とした布の平面図が、第3図及び第4図として、ドアノブカバーの製造方法の一工程を示す斜視図が、第5図として、弾性付与手段取付け時の工程を示す斜視図が、第6図として、完成したドアノブカバーの斜視図が記載されていることが認められる。以上の事実を総合すれば、第一引用例には、正方形の布の裏全面に柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材を塗布し、これを切断して十文字形状の布とし、その矩形の側片を相互に当接するように一側辺に起立させ、その各隣接片を縫合して上部開口箱体を形成し、右側片の縁をひだ付けさせ、この縁に弾性付与手段を固着したうえ、その表裏を反転し、前記柔軟プラスチツク類材料をコーテイングした側を内面としてノブを包むようにした立方体のノブ飾りが記載されており、右弾性付与手段は、上部開口箱体のひだ付けされた丸い上部開口部に固着されて、右箱体をさらに絞り、ドアノブの軸又はシヤンク周囲を緊縛し、ドアノブカバーをしつかり保持するという作用を奏するものであるから、ノブを完全に包み込める位置にリング状に設けられているものであり(ゴムが右弾性付与手段の一例であることは、顕著な事実である。)、また、右柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材は、布に剛性を付与して、ドアノブカバー製造時に布を取り扱いやすくするとともに、布の摩擦係数を高め、ドアノブカバーとドアノブ間の摩擦係数を増加して、両者間でのスリツプを低減するという機能、すなわち、滑止材としての機能をも奏するものであることが認められる。

以上の事実に基づき、本件考案と第一引用例の記載事項とを対比考察するに、両者は、本件審決認定の<1>ないし<3>の点において相違する(この点は、原告の自認するところである。)が、本件審決認定のとおり、布とこの布の裏側に固定され、しかも装着しようとするノブがほぼ覆える大きさの滑止材と、前記布のノブを完全に包み込める位置にリング状に設けられて布を絞るゴムとを有し、前記滑止材が設けられている布の面を内側としてノブを包むようにしたノブ飾りである点で一致するものと認められる。原告は、第一引用例の弾性付与手段は、ドアノブにドアノブカバーを確実に保持する作用を有するにすぎず、本件考案のリング状のゴムのように、布の中央部に設けることによつて布を絞り、何らの加工手段を施すことなく、一挙に立体的なノブカバーを形成するという作用はなく、また、そうした技術的思想は全く含まれていない旨主張するから、検討するに、前掲甲第三号証によれば、本件考案の明細書の考案の詳細な説明の項には、リング状ゴムの取付位置に関して、「第1図は本件考案によるノブ飾りの一実施例を示すものであり……ノブと接する側を示したものである。……このウレタンホーム2の外側でしかもノブが完全に包み込める位置の布1上には、この布1がノブを包み込んで絞るためのゴム3がリング状に縫い付けられている。」(同号証第一頁第二欄第一七行ないし第二八行)との記載があるほか、第1図として、ウレタンホーム2の外側で、しかもノブが完全に包み込める位置の布1上にリング状のゴムが設けられた図面が記載されているが、右はいずれもその記載自体から明らかなとおり本件考案の一実施例を示す説明及び図面であり、実用新案登録請求の範囲には、リング状のゴムの取付位置について、単に、「布の一定半径上でしかもノブを完全に包み込める位置」とするだけで、円板状の布の中間位置に設ける旨の限定はないから、一定半径上で、しかもノブを完全に包み込める位置であれば、円板状の布の外縁に設ける場合を除外しているものと解することはできない。また、本件考案のリング状のゴムが、布に何らの加工を施すことなく一挙に立体的なノブ飾りを形成するといつても、実際には、布を円板状に切断し、これにウレタンホームとリング状のゴムを取り付ける工程が必要であり、物品の構造として、両者ともにリング状のゴムを有し、右ゴムがノブにノブ飾りを確実に固着するという作用効果を奏する点は何ら異ならず、また、右作用効果を奏するものとしてリング状のゴム等の弾性付与手段を設けるという技術的思想においても、両者において、何ら異なるところはない。したがつて、原告の上叙主張は、採用の限りでない。また、原告は、第一引用例における柔軟プラスチツク類材料は、コーテイング材であつて、滑止材ではなく、しかも、本件考案のウレタンホームのように布の裏面に固定されているのではなく、布の裏面の全面に塗布されているもので、「ノブが覆える大きさ」といつた概念とは全く無縁のものである旨主張するが、第一引用例には、前認定のとおり、柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材は、滑止材としての機能をも有することが明示されており、それが、第一引用例記載の発明において柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材を塗布することの主たる目的あるいは効果ではなく、副次的な目的あるいは効果であるとしても、右コーテイング材が滑止材としての機能をも奏するものである以上、右コーテイング材が滑止材であることに変りはない。そして、右コーテイング材は、布の裏全面に塗布されているのであるから、布の裏側にノブを覆える大きさに滑止材が固着されているものというべきである。したがつて、原告の右主張も、採用することができない。更に、原告は、本件審決は、第一引用例記載の発明における「矩形側部の隣接縁を相互に縫合する」、「側方部分の自由縁をひだ付けする」という、十文字形の布を上部開口箱体とするための必須的技術要素を看過している旨主張するが、実用新案登録を受けることができる考案の対象は、最終的な物品の形状、構造、組合せであり、物品の生産の途中のプロセスは考案の対象にならないのであるから、本件考案と第一引用例との加工過程の相違を相違点として摘示する必要はないのであつて、原告の右主張は失当である。

そこで、次に、本件考案と第一引用例の記載事項との相違点<1>ないし<3>について検討するに、成立に争いのない甲第二号証の二(第二引用例)によれば、第二引用例は、本件考案の実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物であることが認められ、第二引用例に、織布を円形に切截したノブカバーが記載されていることは、原告の自認するところ、右によれば、本件考案の布の形状を円板状とすることは、単に第一引用例の十文字形に代えて第二引用例の円板状を採択したものにすぎず、そこに格別の困難性を認めることはできない。原告は、第一引用例において、布の形状を円板状に構成したのでは本体を立体的に構成することが不可能になり、第一引用例における技術的思想が成り立たず、したがつて、第一引用例の十文字形の部分だけを他の構成から切り離して、本件考案における円板状の布と対比し、相違点を認定した点及び消毒という全く特殊な技術的目的に向けられたものである第二引用例の円形のノブカバーの記載から、第一引用例における十文字形に代えて、本件考案が円板状とした点は容易に想到できるとした判断は誤りである旨主張するが、消毒という目的及び効果は、布の形状とは全く無関係であり、また、右主張は、本件考案が布の形状を十文字形の布に代えて円板状とすることが容易か否かという点についての本件審決の認定判断を、布の形状を十文字形から円板状に代えた場合に、第一引用例記載の発明は、発明として成り立ち得るか否かという問題に置き換えて非難するものであつて、いずれも採用することができない。また、成立に争いのない甲第二号証の五(第三引用例)によれば、第三引用例は、本件考案の実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物であることが認められ、第三引用例に、把輪とハンドルカバーとの間の滑りを防止するために、帯状主体の裏面、すなわち把輪と接する部分にポリウレタンホームを固定することが記載されていることは、原告の自認するところ、右によれば、本件考案において、滑止材としてウレタンホームを用いることは、第一引用例の柔軟プラスチツク類材料を第三引用例記載のポリウレタンホームに材料変更したものにすぎず、格別の困難性を認めることはできない。原告は、第一引用例にウレタンホームを適用した場合には、素材に剛性を与えることはできず、成形時に剛性を与えることによつて縫合成形を容易にするという第一引用例の技術の主目的を達し得ないことになるから、第三引用例から相違点<2>を容易に想到することはできない旨主張しているが、右主張は、本件考案において、滑止材を柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材に代えてウレタンホームとすることが容易か否かという点についての本件審決の認定判断を、柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材をウレタンホームに代えた場合に、第一引用例記載の発明の主目的が達せられるか否かという問題に置き換えて非難するものであつて、前同様採用するに由ない。更に、原告は、本件審決認定の相違点<3>に関して、本件考案のウレタンホームと第一引用例記載のコーテイング材の設置箇所の相違は、その奏する作用効果の違いから、適宜選択し得る単なる設計事項であるとはいえない旨主張するが、前認定のとおり、本件考案におけるウレタンホームも第一引用例記載の柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材も、共に滑止材として機能するもので、しかも、柔軟プラスチツク類材料からなるコーテイング材を第三引用例記載のポリウレタンホームに材料変更することに困難性があるとは認められない以上、ウレタンホームでノブを覆うために、ウレタンホームを布の全面に設けるか、あるいは、布の中央部だけに設けるかかは、設計に際して随意に選択することができる事項にすぎないというべきである。そして、ノブが壁や家具等に衝突したときに衝撃を緩和して損傷が生じないようにすることができる効果は、布とウレタンホームとを重ね合わせたときのそれぞれの材質及び厚さの程度によつて奏する効果であつて、当然予測することができる程度の効果というべきである。したがつて、原告の右主張も採用することができない。

叙上認定説示したところによれば、本件考案は、第一引用例ないし第三引用例記載の事項から、当業者が極めて容易に考案をすることができる程度のものとみるのを相当とし、この点について本件審決に誤りがある旨の原告の主張は、失当というべきである。

(結論)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。

〔編註〕本件考案の要旨は左のとおりである。

円板状の布と、この布のほぼ中央の裏側に固定されしかも装着しようとするノブがほぼ覆える大きさのウレタンホームと、前記布の一定半径上でしかもノブを完全に包み込める位置にリング状に設けられて布を絞るゴムとを有し、前記ウレタンホームが設けられている布の面を内側としてノブを包むようにしたことを特徴とするノブ飾り。

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